2011年4月20日水曜日

校庭のけやき・ポプラを送る祈り

今日の朝礼は、明日より本格的に開始される総合体育館の建設工事に伴って伐採予定の、校庭のケヤキ・ポプラの木に別れを告げる特別礼拝として実施しました。式文は以下の通りです。(ページ数は生徒手帳のページ)

校庭のけやき・ポプラを送る祈り
2011年4月20日

校長先生の話

(唱和)P28

(初めの言葉)
司式者 今日ここに集まったわたしたちは、長年にわたりわたしたちの学校を見守り、わたしたちの学校生活と共にあったけやきの木、ポプラの木に別れを告げなければならないときが来たことを知っています。
多くの人にとって、この木は豊かな、楽しい思い出によって祝福された特別な木です。そして、これらの木を校庭から失うことは、わたしたちに喪失感を感じさせることでもあります。今日、この式を通して、わたしたちの神はいかなる場所にも物にも束縛されず、神の記憶が永遠であることを思い起こし、この木の姿を失ってもなお、神の記憶にとどまっているわたしたちの思い出は決して失われないことを心に刻みましょう。

(聖書朗読)
コヘレトの言葉 3:1-10

チャプレンの話

  • この木がこの学校に与えてくれたのは「存在」そのもの。
  • 「存在」を味わうためには「時間」が必要。今日の礼拝は、直接的には木への別れの礼拝だが、その本質は、木と一緒に過ごしたわたしたちの「時間」を神にお返ししているということ。
  • わたしたちとこの木との目に見える関係は今日で終わる。君たちのこの学校で過ごす時間も有限。だが、それら目に見えるものが消え去っても、「神の時間」に属するわたしたちの関係は決して消え去ることはない。
  • 「時間」は神に属するものであり、永遠。わたしたちの目に映る世界の「時間」は有限であり、消え去っていくが、「神の時間」の中で起きる全てのことは決して消えることがない。

(木に別れを告げる言葉)
司式者 父と子と聖霊のみ名によって アーメン
この木と共にある、多くの思い出に祝福があるように
この木と共にある、多くの思い出を神が記憶に留めてくださるように
(ここで木を回りながら聖水を振る)

(別れの祈り)
司式者 主なる神よ、あなたは恵みによってこの木を造り、この場所に植え、水や養分を注ぎ今日まで育ててくださいました。わたしたちは今、この木がわたしたちに与えてきた多くの恵みのゆえに、あなたに感謝を捧げます。どうか、この木と共にあるわたしたちの思い出を、あなたの永遠の記憶のうちに留め、わたしたちの心の内に刻んでください。今より後も、あなたがこの木をわたしたちに与え、この学校を祝福されたように、代わることなくこの学校を守り、祝福をお与えください。主イエス・キリストのみ名によってお願いいたします。アーメン

(感謝の祈り)P55

聖歌522「神共にいまして」